~優秀だけどどこか「ツルツル」しているAIの文章。居酒屋「肝心屋」で男3人が語り合うなか、隣の席のカップルを巻き込む「ある事件」が起きて――。人間関係を救う「ノイズ」と、言葉にしない優しさを描いたショートストーリー~
今夜も、居酒屋「肝心屋」の暖簾をくぐった。
店内はほぼ満員で、活気という名の騒音に包まれている。
運よく空いていた一つだけのテーブル席に、俺たち三人は滑り込んだ。
左隣には、スキンヘッドで格闘家のような体格の男。
右隣には、付き合い始めたばかりなのだろうか、敬語で話すどこか緊張気味の若いカップル。
まずはビールで乾杯し、喉を潤す。
口火を切ったのは、社会保険労務士として独立している智やんだった。
「なあ、最近のAIってマジで凄くないか? チャットGPTにGemini、Claude……。仕事で使い始めてるけど、正直、驚きだよ。俺たちの仕事、これからどうなっちまうんだろうな」
智やんは独立してビジネスの最前線にいる分、変化には敏感だ。 大手メーカーで中間管理職をしている浩一が、苦笑いしながら応じる。
「俺の会社でも活用が始まってるよ。会議の議事録なんて、AIが音声から一瞬で作っちゃうんだ。昔はさ、俺みたいな若手が『書記』を買って出て、プロジェクトがうまく進むように、あえて反対意見の言い回しをソフトに変えたりして、議事録に落とし込んだもんだけどな」
「へえ、浩一はさりげなく策士だねぇ」
智やんがニヤリと笑う。
そこに、フリーライターのケイタが静かに口を挟んだ。
「確かにAIは優秀だよ。この間も『これこれの教訓を含む物語を作れ』ってプロンプトを入れたら、3秒でそれらしいのを仕上げてきた。」
「でもさ……なんて言うか、文章が『ツルツル』なんだよね」
「文章がツルツル?! なんだよそれ。意味わかんねえよ」
智やんが大声で突っ込む。
「ツルツルってのは、あれだよ。オノマトペだよ」
浩一は、左隣のスキンヘッドの男が、一瞬箸を止めたのに気が付き、おどけて言った。
「オノマトペって何だ? 俺、カトちゃんペなら知ってるけど」
右隣のカップルの女の子が、思わず「プッ」と吹き出した。
「浩一、お前、若い子に笑われてるぞ」
智やんに揶揄されながら、ケイタが話を続ける。
「つまり、AIの文章はそうめんみたいにツルツルって食べられちゃうんだよ。引っかかりがない。なんと言うか『ノイズ』がないんだな」
「ノイズか……。無駄がないっていうか、遊びがないってことか?」
智やんが考え込む。
その間も、浩一は右隣のカップルが気になっていた。
女の子はほとんど料理に手をつけていない。対照的に、男の方は一方的に自分の話に夢中になっている。
「心に響かないって言うか。効率とか正論だけじゃ、人は動かないもんだよな」
「あ、ノイズで思い出した。俺、転勤が多かっただろ?」
浩一が話題を変えるように言った。
「転勤のたびに子供たちは転校でさ。それで、新しい学校に慣れるまでは元気なくてさ。ある時、笑わせようと思って、わざとデカい『おなら』をしたんだよ。そしたら、まだちびっ子だったから大ウケしてさ。誰が一番大きい音を出せるか『おなら大会』が始まって、ちょっと元気になったんだよ」
「それこそ、AIにはできないノイズだな。道化を演じてでも場を和ませる。浩一らしいよ」
ケイタが感心したように言う。
「なんだか威厳のない親父だな。カトちゃんペだの、おならだの、小学生レベルだな」
智やんが呆れた顔をしたその時。
右隣のカップルの男が、こちらを不快そうに横目に見てきた。
下品なオヤジどもはこれだから困ると言わんばかりだ。
その瞬間だった。 ――グゥゥゥゥ……。
会話の隙間に、情けない音が響いた。
「浩一、今度はお腹の虫か? 忙しいやつだな」
智やんがからかう。
「いや、今のは俺じゃないって……」
一瞬の間。
ケイタが笑いながら言った。
「いや、今のは俺だ。急に腹が減ってきた。締めのラーメン食べに行こうぜ」
「えっ、まだ来たばかりじゃないか。……まあ、いいか」
三人は荷物を手に席を立った。
浩一は立ち上がり際、隣のカップルに「お騒がせしてすみません」とペコリと会釈をした。
ふと見ると、女の子が、顔を赤くしてうつむいている。
その前には、手付かずの料理。
智やんが会計をしている間に、浩一とケイタは店を出た。
店の外は、酔っぱらった若者で賑わっていた。
「ケイタ、さっきのお腹の音、本当にお前か?」
夜風に当たりながら、浩一が尋ねる。
「さあね」
ケイタは軽く笑って、自分の腹を愛おし気にさすった。
「俺は浩一みたいな奴は会社でも家庭でも貴重だと思うよ」
智やんが会計を終えて、ブツブツ言いながら出て来てきた。
「まったく、お前たちと来たら、ノイズだらけだな」
浩一は、智やんとケイタに言い放った。
「ノイズもたまにはいいじゃないか」
「よし、ラーメン屋で誰が一番大きい音ですすれるか、競争しようぜ!」
ケイタが反応した。
「よっしゃ、俺にまかせとけ」
三人はどうでもいい話で盛り上がりながら歩いて行った。
~この辺でお愛想で。今日も一日お疲れ様でした。~



