元会社員の日本語教師 教育実習|ビジネススキルが通じないリアルな壁とは

50代からの学び直し(資格・本)

こんにちは、神西仁です。

今日は、日本語教師養成講座における**「教育実習」の体験談**をお話ししようと思います。

これまで座学の動画学習やオンライン講義を受けてきましたが、いよいよ実際に留学生を相手にする実践研修に挑戦してきました。

会社員時代にプレゼンなどで場数を踏んできた私ですが、いざ壇上に立つと想像以上に緊張し、まったく新しい世界を体験することになりました。


現場のリアル:脳みそから汗!モデルスチューデントとの対峙

今回の実践研修(ヒューマンアカデミー)では、実際の日本語学校に通っている留学生にアルバイトとして来てもらい、45分間の授業を行いました。

生徒数は5~6人ほどで、教科書は『みんなの日本語 初級』と『つなぐ日本語』をそれぞれ1回ずつ、合計2回の授業を担当しました。

この授業相手となる留学生たちは「モデルスチューデント」と呼ばれているのですが、実は一筋縄ではいきません。

中には中級レベルの学生もいて、あえて難しい質問を投げかけて教師を試すような言動を取ることもあります。

事前ガイダンスでは、「答えられなくなって泣き出してしまう受講生もいる」と聞き、自分の番が近づくにつれてかなりビビっていました。

会社員時代は人前で発表や報告をする機会も多く、「人前に立つことくらい動じないぜ」と高をくくっていたのですが、実際に直面するとすごく緊張しました。

例えるなら、これはまさに**「異種格闘技戦」**です。

会社員で培ったスキルが活きる部分もありますが、今まで戦ってきたリングやルールとはまったく違う場所なのだと痛感しました。


会社員スキルで「通用したもの」と「通用しなかったもの」

ビジネスパーソンとしての経験が活きた部分もあれば、一方でまったく通用しない壁にもぶつかりました。

「通用したもの」 役立ったビジネススキル

  • 対話能力
  • 顧客視点
  • プレゼン経験
  • 危機管理能力

これらは授業計画の組み立てや、留学生との問答ややり取りにおいて大きな助けとなりました。

「通用しなかったもの」 3つの壁

しかし、それ以上に「これまでの常識が通用しない」という現実がありました。

1. 「忖度」が存在しない

日本人同士なら当たり前にある共通認識や、「空気を読む(忖度する)」という文化がそもそも通用しません。

質問に対する教師の解答が的を得ていないと、たどたどしいながらも容赦ないツッコミが入ります。

2. 力関係の「文脈」がない

会社であれば、上司・部下、同僚、あるいは顧客とサプライヤーといった立場や力関係(文脈)を前提に会話が成り立ちます。 しかし、この場にはそうした上下関係や遠慮は一切ありません。

相手は子供のように無邪気に、言いたいことをストレートに言ってきます。
授業がつまらないと、あからさまに退屈そうな仕草を見せます。

以前コメディアンの方が「子供の前で芸を披露するのが一番きつい(忖度や容赦がないから)」と言っていましたが、まさにその感覚でした。

3. 「言葉が通じない」前提である

日本語で共通言語として説明ができない以上、相手も言いたいことを日本語で完璧に表現できるわけではありません。

だからこそ教師側には、相手の表情や様子から「何を伝えたいのか」を察する力と、言葉を超えて本質を伝える力が求められます。

この察する力、観察する力は会社員時代に無意識に培っており、ある程度は通用しました。しかし、対象はこれまでと全く異なるため、バージョンアップが必要と痛感しました。


文脈については、日本語学校の教師と学生という立ち位置で対峙する時は、表面化してくるかもしれません。それでも、会社員時代に染み付いた忖度や文脈は意識的にリセットしたいと思います。


「金槌」を置いて新しい道具を握る:自分を作り替える感覚

**「金槌を持っていると、すべての問題が釘に見える」**という名言があります。

会社員時代は、長い経験を経て、無意識に課題をパターン化・カテゴリー化していました。決まったタイプの課題=「釘」に対して金槌を使い分けることで対応できていました。

知らず知らずのうちに、半自動運転のような仕事の仕方をしていたことに気が付きました。

しかし、今回の留学生という対象は、明らかに従来の「釘」ではありませんでした。 パイプであり、ネジであり、ボルトであり、木材なのです。

だからこそ私は今回、金槌を一旦置き、久しぶりに道具箱の奥からノコギリやドライバーを取り出して使ってみました。

慣れない作業に、頭も体もヘトヘトになりました。

この試行錯誤の作業は、会社員時代には経験したことのない感覚であり、**「自分を作り替えるプロセス」**が始まったのだと強く実感しています。


まとめ:これからの学びに向けて

新しいリングで、新しい道具を使って試行錯誤することは、時に怖く、緊張の連続です。

しかし、自分の固定観念を捨て、ゼロから自分を再構築していく過程は痛みと新鮮さを感じています。
これも成長痛なのでしょうか。

これからも試行錯誤を重ねながら、日本語教師としての新しい歩みを進めていきたいと思います。

「意志あるところに道あり」

共にがんばりましょう

神西 仁

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