【肝心屋#6】管理職は「罰ゲーム」?U2とプリンスで盛り上がる宴。先人が残した”名前の無い道”

肝心屋(三人の本音劇)

いつもの居酒屋「肝心屋」。 今夜も、浩一、智やん、ケイタの三人は、冷えたグラスを傾けていた。

「浩一、どうしたんだよ。ひどい顔してるな」

智やんが、ジョッキを置きながら浩一の顔を覗き込んだ。

「……ああ、めちゃくちゃ忙しいんだよ。来週ISOの監査があってさ。ここ数週間、ずっと過去の標準を見直して更新してるんだ」

浩一は大手メーカーの中間管理職。 その肩には、組織のしわ寄せが重くのしかかっている。

「若手にも手伝ってもらってるけど、休日出勤まではお願いできなくてね。結局、俺が代わりに休日出勤してる始末だよ」

「へえ、上司が若手に気を遣って休日出勤か。大変だなぁ」

フリーランスのケイタが、他人事のように感心した声を出す。

「最近は上司の方がパワハラを恐れて病んでるって話、よく聞くよ」

社労士の智やんが、ドライに現状を分析する。

「若手の間じゃ、管理職は『罰ゲーム』だって言われてるらしいからな」

「本当にその通りだよ」

浩一が深いため息をつく。

「クライアントからは無茶な要求が来る。部下にはパワハラだと思われないよう神経を使う。上からはプレッシャー。……もう自由が欲しいよ」,

「自由、か」

ケイタがニヤリと笑った。

「自由といえばさ、この前ボクシングの井上尚弥選手の動画を見てたんだ。一時期、入場曲にワムの『フリーダム』を使ってたんだってな」

「懐かしいな! 俺たちの若い頃に流行ったよ。ジョージ・マイケルがいたグループだろ」

さっきまでの沈んだ空気が、少しだけ華やぐ。

「もし俺たちがボクサーだったら、リングへの入場曲は何にする?」

ケイタの突拍子もない提案に、智やんが乗った。

「面白いね。何にしようかな」

「俺はやっぱり映画『ロッキー』の、サバイバーの『アイ・オブ・ザ・タイガー』だな。……まあ浩一は『虎の目』っていうより『死んだ魚の目』だけどな」

「おい、茶かすなよ。こっちは疲れてるんだから」

浩一が苦笑いしながら答える。

「浩一なら、どんな曲にするんだ?」

「うーん……そうだな。好きな曲ならビリー・ジョエルの『オネスティ』がいいかな」

「お前なぁ」

智やんが間髪入れずにツッコむ。

「入場曲で『正直に言ってくれ』なんてしんみり歌って、どうすんだよ」

「じゃあ……U2はどうかな。『Where the Streets Have No Name(どこまでも続く道)』。あのイントロはテンションが上がる」

「ああ、いいな」

ケイタが頷く。

「静かに盛り上がるけど、強い意志を感じる。浩一に合ってるよ」

「直訳すると『名前のない道』か」

智やんが言葉を噛みしめるように言った。

「そうなんだよ。世界には名前のついた有名な道だけじゃなく、名前はないけれど、ずっと人々の役に立っている道がある」

浩一のトーンが少し変わった。

「今回、昔の標準を整理していて気づいたんだ。20年、30年前に作られた資料に、会ったこともない先人の名前がある。その人たちが残した仕事の『道』があるから、今の俺たちが滞りなく仕事ができているんだなって」

「なるほどな。会社員なんて名前が残る仕事は少ないけど、その仕事のやり方は、ちゃんと後世に引き継がれてるってわけか」

智やんが感心したように頷く。

「……ところで智やん、お前のテーマソングは決まったのか?」

「俺はプリンスだよ。プリンスの『Let’s Go Crazy』」

「プリンスか! 懐かしいな」

「プリンスって一時期、名前を記号に変えて『かつてプリンスと呼ばれた男(The Artist Formerly Known as Prince)』って名乗ってたよな」

ケイタが知識を披露する。

「そうそう。俺もそれくらいビッグになって、『かつて智やんと呼ばれた男』なんて呼ばれてみたいね」

「でもそれ、日本だとどう略されてたか知ってるか? 『元プリ』だぜ」

ケイタがさらに畳みかける。

「智やんなら『元智(もととも)』……いや、言いにくいな。……『元やん』だな!」

「元やんって、元ヤンキーみたいじゃないか。全然意味が違うだろ!」

智やんの抗議に、浩一とケイタが声を上げて笑った。

「まあいいじゃないか。元やんに……乾杯!」

「おい!」

三人の笑い声が、夜の肝心屋に響き渡った。

~今宵はこの辺でお愛想で~

店主・神西 仁

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